新潟大学大学院医歯学総合研究科 教授の神吉(かんき)智丈先生を前半に続いてご紹介します。前半ではオートファジー研究との出会いから、マイトファジーの発見にまつわるエピソードなどを伺いました。後半の今回は、マイトファジーの分かりやすい解説や、私たちの身近な日常生活との関連性、研究の展望についてお聞きします。
先生のご専門の「マイトファジー」を、一般の人にもわかりやすくご説明いただけますか?
「マイトファジー」を説明する前に、全身の細胞の中にあるミトコンドリアについて軽く押さえておきましょう。
ミトコンドリアはエネルギーを作る場所です。細胞を国に例えると、そこには発電所が至る所にあって石油や石炭からエネルギー(電気)を作り、各家庭に運んでいます。細胞には、発電所に相当するミトコンドリアが至る所にあり、食事中の糖や脂肪(石油や石炭に相当)を使いやすいエネルギーの形「ATP(アデノシン三リン酸)」に変えています。ここで、発電所は作ってから何十年もずっと使える訳ではありません。老朽化すれば立て直し、足りなければ増築し、需要がなければ減らすといったことも必要です。
ミトコンドリアも同じく細胞の状況によってエネルギーの必要量も変化するため、多くても少なくてもいけません。このとき、細胞の中のミトコンドリアを減らすように働くシステムが「マイトファジー」です。
「マイトファジー」で、細胞の中のミトコンドリアはどのように減らされるのですか?
減らすように働く仕組みは2種類あります。1つは、私たちの研究で見つけた「Atg32」というタンパク質がミトコンドリア表面に発現することで生じる、レセプター依存的※なマイトファジーです。この「Atg32」がオートファジーに対して、「私を分解してください」というサイン(シグナル)を出していると分解されます。この仕組みによって私たちの細胞の中では、そのときに適量となるミトコンドリアの数が保たれているのです。
もう1つは、ミトコンドリアにユビキチンという飾り(修飾鎖、しゅうしょくさ)を付けることでオートファジーのターゲットになりやすくする仕組み。これはユビキチン依存的なマイトファジーといって、傷付いたミトコンドリアだけを選択的に分解するためのものです。例えば、紫外線、放射線、活性酸素などによって傷付き、おかしくなったミトコンドリアがそれ以上の被害を出さないために発動する仕組みと考えられています。
※レセプター依存的:特定の因子とくっつくタンパク分子によって起こるもの。レセプターは受容体とも呼ばれ、キャッチボールで使うグローブのように描かれることが多い。酵母のレセプターはAtg32ですが、ヒトではBNIP3やNIXと呼ばれるタンパク質が同様の働きをしています。
私たちの生活の中で「マイトファジー」が関係する事象にはどのようなものがあるのでしょうか。
身近なものだと、老化にマイトファジーが関与していると考えられています。ミトコンドリアの中にある1000個のDNAは年齢とともにランダムに変異していきます。最初のうちは変異は少なくびくともしませんが、蓄積してくると細胞の機能が低下し、老化という現象が現れます。実際にマウスを用いた実験では、遺伝子の変異を人為的に起こすことで急速に老化が進むことが確かめられています。
つまり、異常なDNAが老化の一要因であるなら、マイトファジーを効率的に起こして異常なDNAを取り除けば、老化現象を部分的に止めることも可能かもしれません。
「マイトファジー」の研究成果を今後、どのような研究や応用につなげていきたいとお考えですか?
私が元々、産婦人科医であることも関係していますが、いまの日本ではさまざまな理由から高齢出産の割合が増えています。高齢での妊娠に取り組んだ場合、卵子も高齢化するためにミトコンドリアの質が落ち、不妊となる可能性が高くなることが大きな課題です。これを、自分の卵子や受精卵の中で異常なミトコンドリアのDNAを間引けば(選択的にマイトファジーを進めれば)、高齢での妊娠・出産の成功率を上げることができるかもしれません。
さいごに、「マイトファジー」や「オートファジー」がより身近に感じられるようなメッセージをお願いします。
近年では「オートファジー」に関するサプリメント等の登場もあって、すこしずつ気になり始めた人もいるかもしれません。実際には、「オートファジー」と同時に「マイトファジー」も活性化しています。これらの強力で可能性を秘めた機能をうまく操ることができるようになれば、病気で悩む患者さんを救い、老化に対する新しい手段も見つかることでしょう。
さらに身近なところでいえば、現在、オートファジーがヒトで起こっている量を測るためのツールを研究しています。これが現実化すれば、例えば食品を摂ることでオートファジーが活性する度合いを知ることができるようになるはずです。皆さん、楽しみにしていてください。
クラウドファンディングのお知らせ
「ミトコンドリア病の克服を目指して、マイトファジーの研究を進めたい!」
https://readyfor.jp/projects/mitophagy
オートファジーのミトコンドリアを分解する機能を利用して、ミトコンドリア病の治療を目指し、500万円を目標金額としてクラウドファンディング(2月16日~)に挑戦します。本研究は、老化の遅延や高齢者の不妊治療にも応用が期待できます。ご寄付・応援の程よろしくお願いいたします。
期間:2023年2月16日(木)~4月14日(金)
神吉(かんき)智丈先生
新潟大学大学院 医歯学総合研究科 機能制御学分野 教授
九州大学医学部卒業(平成9年)。産婦人科で研修後に大学院進学。平成15年学位取得(医学博士、九州大学臨床検査医学分野)。コロンビア大学、ミシガン大学でのポスドクを経て、平成21年に九州大学病院助教(検査部)。平成23年より現職。
細胞生物学、分子生物学、生化学領域の研究。ミトコンドリアの研究から発展し、現在は主にミトコンドリアオートファジー(マイトファジー)の研究を行っている。