Oxford Longevity Project×吉森保教授 オートファジーの未来は?「長寿とオートファジー」特別対談

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Oxford Longevity Projectの共同創設者であるデニス・ノーブル教授、ポール・チェン博士、レスリー・ケニー氏が来日し、「長寿とオートファジー」というテーマをめぐって大阪大学の吉森保栄誉教授、日本オートファジーコンソーシアムの石堂美和子氏と対談しました。

レスリー・ケニー氏

こんにちは、レスリー・ケニーです。私はOxford Longevity Projectの共同設立者の1人です。今日は共同設立者のポール・チェン博士と、オックスフォード大学のデニス・ノーブル教授とご一緒しています。
哺乳類のオートファジー研究に尽力されている大阪大学の吉森教授と、産学官共同で老化の解決という課題に取り組んでおられる日本オートファジーコンソーシアムの石堂さんに、質問をたくさん用意してきました。よろしくお願いします。

デニス・ノーブル教授

酵母のオートファジーは基本的には液胞に入った老廃物を系外に出すためのプロセスであり、少なくとも通常は細胞を殺すことはないというのが私の理解です。
一方、哺乳類の免疫系では、正常に機能しなくなった細胞を見つけ、その細胞をアポトーシス(プログラムされた細胞死)へ誘導するという大きな違いがあります。
吉森教授は哺乳類のシステムに関わってこられたわけですが酵母のオートファジーと哺乳類のオートファジー、この2つはどの程度似ているかという点にとても興味があります。
酵母で発見されたことから、哺乳類系で起こりえることをどの程度推定できるのでしょうか。

吉森教授

基本的にオートファジーそのものは非常に保存的なものです。大隅先生が発見されたATG遺伝子のほとんどは、哺乳類にもあるのです。
つまり、オートファジー研究の基本は、もちろん多くの違いはあるものの、本質的なシステムはどの種のオートファジーも酵母と似ているということです。哺乳類のオートファジーもそうです。

デニス・ノーブル教授

具体的には、関与する遺伝子が似ているということでしょうか。
では、進化の過程で、どのようにして単一細胞のオートファジーから移行したのか、また、液胞で起きていることはオートファジーのプロセスの一つであり、細胞外に吐き出す必要のあるもっと大きな集団にも適用されるのか。そのことに関して、何かお考えをお持ちでしょうか。それとも、それはまだ未解決でしょうか?

吉森教授

もちろん進化の過程で、オートファジーそのものも進化しています。例えば、酵母ではオートファジーは防御、つまり免疫のような役割を果たしませんが、哺乳類ではオートファジーは侵入してくる病原体に対する防御機構となりえます。この機能は酵母には存在しません。進化の過程で、哺乳類はオートファジーを免疫だけでなく、様々な機能に利用するようになりました。

デニス・ノーブル教授

その一つが、免疫グロブリンのコード化に関連してゲノムを変化させるシステムの能力なのでしょうか。というのも、酵母で起こることとは明らかに対照的だからです。
新しいウイルスや細菌が侵入してきた場合、免疫システムは文字通り、免疫グロブリンをコードする可変部分の塩基配列を変え始める。その理解であっていますか? この機能は酵母には存在しないということでしょうか。

吉森教授

基本的には、酵母からヒトに至るまで、システムはよく似ていると思います。オートファジーは生命にとって非常に重要であるゆえにシステムはよく保たれてきたのですが、そのシステムを他の機能に応用することができるのです。

デニス・ノーブル教授

しかし、それがどのように進化してきたのかという疑問は、まだ解決されてはいませんね? それは非常に難しい問題です。
さて、ここで私たちから問題提起をさせてください。今、私たちは酵母について、そして酵母が哺乳類の細胞にどれほど似ているかについて話しました。しかし体内の細胞の中には、実際には複製されないものもあります。よく引き合いに出されるのは心臓細胞です。オートファジーは心臓や循環器系の維持にどれほど重要なのでしょうか?

吉森教授

心筋細胞でオートファジーの遺伝子をノックアウトすると、老化後に心臓系が機能しなくなります。そのことは、大阪大学の研究者がすでに発表しています。
心筋細胞だけでなく、中枢神経系においても、神経細胞は人間の一生を通じて変化しないのです。そのため、オートファジーはとても重要な意味を持ちます。短期間で入れ替わる皮膚細胞においてさえもオートファジーは重要ですが、神経系や心臓系のように長生きする細胞においてはより重要です。
オートファジーが働かないと、心臓系では心不全が起こりますし、もし神経細胞でオートファジーが働かなければ、アルツハイマー症候群になります。動物実験ではありますが、神経系のオートファジー必須遺伝子、ATG遺伝子をノックアウトすると、すべてのマウスがアルツハイマー病のような表現型になることがわかっています。

レスリー・ケニー氏

私から患者側の立場からの質問があります。オートファジーを体内で安全に活性化させるために、患者や一般の人たちは何をすればいいのでしょうか?

吉森教授

オートファジーを活性化する薬はもちろん開発されるべきだと思いますが、私は普段の生活習慣が重要だと考えています。 
例えば、有酸素運動や質の良い睡眠、カロリーの少ない食事はオートファジーを誘導しますし、オートファジーを誘発する食品もあります。例えば納豆ですね。欧州の方の中には納豆を好まない人もいますが、納豆にはスペルミジンがたくさん含まれています。こうした良い食品を選べば、オートファジーを誘導できると思います。
オートファジーは加齢とともに衰えますので、高齢者にはこうした習慣が特に必要ですが、このような生活習慣を始めるのは早ければ早いほどよいと思います。若い時期からライフスタイルを変えることは、とても重要です。

レスリー・ケニー氏

納豆あるいはスペルミジンがオートファジーを誘導できるなら、一方で西洋の加工食品はルビコンを増やすのでしょうか?

吉森教授

まだわかりません。オートファジーの介入で寿命が延びた例はあります。例えばカロリー制限やミトコンドリア機能がやや抑制された場合など、寿命延長をもたらす介入がいくつか見つかっています。そのすべての介入においてルビコンは減少しました。ということは、こうした生活習慣が、ルビコンを減少させる可能性があるということです。

ポール・チェン博士

その延長で吉森教授に質問です。ルビコンは明らかに負の動きだと思うのですが、一方でスペルミジンのような物質もあり、両者のバランスは非常に微妙なようです。それを私たちがより健康で長生きできるよう、適切なバランスが取れるように操作できると思われますか?

吉森教授

ルビコン以外にもオートファジーを制御する因子はあると思います。ルビコン阻害以外の方法でオートファジーを促進すれば、ルビコンが増えても、同じような薬剤や同じような食事内容であっても、ルビコン阻害とは関係なくオートファジーを誘導できると思います。つまり、ルビコンがオートファジーを抑制しても、他の方法でオートファジーを誘導することができるというバランスが重要なのです。

ポール・チェン博士

私自身のバックグラウンドから言うと、私はがんに非常に興味を持っていて、オートファジーは少し厄介なのです。諸刃の剣のようなものです。
もちろん、がん発生の初期段階に関しては、オートファジーは抑制に働くようです。一方、その段階では、新たな科学的知見によると、潜在的にはむしろ有害な効果があるように思われます。
この先、臨床的に細胞内で起こっているプロセスを把握し、それに応じて腫瘍や生理的な側面で、食品や薬品を使用して様々な代謝経路をナビゲートすることができるようになると思いますか? 免疫細胞、特に重要なキラーT細胞やT細胞、B細胞において、オートファジーを直接誘導できる方法が見つかるでしょうか。がん細胞の場合は、その調節がネガティブな方向であることが望まれます。

吉森教授

私はがんはオートファジーにとって、唯一の難問だと考えています。がんの増殖を防ぐためには、がん細胞におけるオートファジーの抑制が必要なのですから。
でも、おっしゃるように、がんに対する免疫というのは、例えば最近、京都大学のノーベル賞受賞者である本庶教授が、スペルミジンががんに対する免疫力を高めることを発見しました。ただし、これは高齢者の場合ですのですべてについて言えるわけではないと思います。
がんに気をつけている人にとって、オートファジーを誘発するような食べ物は必要ないのでは?と質問されることがありますが、私はそうは思いません。なぜなら、あなたでさえ小さながんが体の中にあるのですから。
全身におけるオートファジーの亢進はがんの増殖には影響しないと個人的には考えています。全身におけるオートファジーの阻害はがんの成長を助けます。がんはオートファジーを必要としますが、がん細胞ではすでにオートファジーが亢進しています。ですので、全身におけるオートファジーの亢進は、がんに対する免疫を高める作用はあり得ますが、がん自身には影響を与えないのではないかと考えています。エビデンスはまだありませんが。

説明が難しいですね。がん細胞におけるオートファジーの抑制は必要ですが、全身のオートファジーの増強はがんには影響しない、つまりがんの成長を促進しません。しかし、化学療法でオートファジーが抑制できることもすでにわかっています。ですから、一般的にオートファジーを増強することは有益ですが、成長中のがんがある場合は、その段階では抑制がより適切かもしれません。しかし将来的には、私たちはこれを標的とすることができるようになると思います。その場合、オートファジー阻害剤はがんにしか効かず、他の組織、例えば免疫系のオートファジーは強化するといったように、分離可能な方法が望ましいのです。

ポール・チェン博士

オートファジーは抗原提示にも関与していますし、その相互作用は絶妙なバランスで成り立っているのが難しいところですね。この先どうなっていくのか、興味深いところです。

レスリー・ケニー氏

石堂さんにお聞きしたいのですが、日本オートファジーコンソーシアムは学術界、企業、政府機関とどのように連携されているのでしょうか。また、オートファジーを日本の一般の人々に普及させるために、政府からのサポートは得られていますか?

石堂氏

多大なサポートを頂いていると思います。経済産業省から補助金も頂いています。
経済産業省は一種の政府機関であり、私たちがオートファジー活性を高める成分を含むサプリメント食品に関するガイドラインやルールを作ることを支援してくれています。
オートファジーは日本ではまだそれほどポピュラーではありません。一方、すでにオートファジー活性をうたったいくつかの食品が販売されていますが、実際はオートファジー活性については定かではありません。
そのため、どのサプリメントがオートファジー活性を持つのか、実際に適切な研究を行っているのかを明確にするためのガイドラインを設定するべく、私たちは政府の支援を受けながらプロジェクトを進めています。

レスリー・ケニー氏

医師についてはどうですか? 病院や医師会と協力して、オートファジーを活性化させるための患者への働きかけ方の指導をしていますか?

石堂氏

それは本当に重要な活動だと思いますし、それこそが私たちの次のステップです。
吉森先生は臨床医と協力して、オートファジー活性を測定し、ビッグデータを作成するサービスを行うために何をすべきか、まさに議論しているところです。

レスリー・ケニー氏

とても楽しみです。

さて、いくつかの伝統的な漢方薬には、オートファジーを活性化する成分が含まれていることがわかっています。漢方薬の一種であるクルクミンや、シークワーサーに含まれるノビレチンも、オートファジーを活性化させます。
私は、日本におけるオートファジーの活性化に関するプロトコールを作成するために、漢方医学会のような団体とどの程度協力するのかに興味を持っています。日本では漢方医学と西洋医学が互いに協力し合っていることが、アメリカやイギリスとは違う点だと思いますので。

吉森教授

私の同僚、大阪大学の野田健司教授は漢方の研究をしていて、オートファジーを高める漢方薬について論文を発表しています。日本のある漢方薬局との共同研究で、ライブラリーはあるのですが、漢方薬のプログラムは非常に複雑で、分子レベルを特定するのはかなり難しいのです。
漢方薬というものは分離してしまうと機能が失われてしまうので、おそらく1つの分子ではなく、混合物が重要なのでしょう。

デニス・ノーブル教授

確かにそうなのでしょうね。私自身、漢方薬に取り組んだ経験が少しあります。
漢方薬がどのように作用しているか、生理学的に分析することは可能なのですが、同じことをする単一分子を見つけようとすることが漢方の基本に反するのではないか、というのは正しい疑念だと思います。
というのも、結局のところ、漢方は植物をベースにしているからです。自分では動くことができない植物は3億年ほどかけて、私たちに食べられ、種を拡散させるための方法を編み出してきました。だから何百万年もの間、動くことができる他の生物との相互作用によって、うまくいきそうな組み合わせが洗練されてきたのだと思います。私たちはその恩恵を受けているだけだと思うのです。共にあることが必要なのだから、分ける意味はない。そうなると臨床試験を行うことが難しいということです。
私自身、日本のある大手企業に、私たちが研究している漢方薬について発見したことを踏まえて臨床試験を行うよう持ちかけたことがありますが、コストがかかりすぎることがわかり、進めることができませんでした。

レスリー・ケニー氏

今日は実り多いお話と素晴らしい一日でした。
今後とも末永いご協力をお願いいたします。

 

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