村瀬大樹 氏(後編)|子どもの「成長」にも重要なオートファジー 身に付けるべき“多様性”の知識

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花王 生物科学研究所の村瀬大樹氏を中編に続いてご紹介します。前編では「健康な肌」の定義やシミに関する最新の知見、中編ではオートファジーとの出会いや肌の老化現象との関係などを伺いました。今回は、オートファジー研究の中での印象的なエピソードや、今後の課題や展望についてお聞きします。

肌とオートファジーとの研究を通じて、印象に残っているエピソードなどがあれば教えてください。

アメリカでの研究は、それまで机上で細胞の中だけを見ていた私にとって、人を見ること、そして集団を見ることの大切さを教えてくれました。

アメリカでは、ドライスキンやニキビといった一般的な肌実態の調査から、研究では毛髪やメラニンなど様々な実験対象を扱っていました。白人や黒人といった偏りなく研究していくと、いつしか多様性が当たり前になっていきます。

多様性を生かすことができるのがオートファジーというメカニズムであることに気づいたとき、この研究はあらゆる差別を解消できるきっかけになるかもしれないと感じました。もし、この研究が商品に結びつかなくても、必ず文化的な価値があるという想いで取り組んでいたのを覚えています。

自分自身、家族と一緒にアメリカに渡って、自分も、妻や2歳と5歳の子どもたちも、アメリカで生まれた末娘も、マイノリティとして社会に入っていきました。その経験が、研究を自分ごとにしてくれたのだと思います。

今後、化粧品にはどのようにオートファジーが活用されていくのでしょうか。

花王で初めて、オートファジー研究の成果が製品化されたのは2019年です。ここ3年間位で急に、美容雑誌でオートファジーという言葉を見かけるようになりました。オートファジー関連の化粧品を選ぶには、お客様自身で自らの肌を理解することが欠かせません。メーカー側は「オートファジーを高めて、こんな肌になりたい」というお客様の目標に応えるような届け方をすることが必要です。

いま取り組んでいる研究の1つは、アメリカにいたときにやり残していた、アジア系の人たちも含めた肌実態の解明や、個々の肌を丁寧に理解することです。これが製品化すれば、一人ひとりの肌に特化した、オートファジーを活性化する化粧品やスキンケア習慣が送り出せるかもしれません。

研究成果を製品化するときの苦労について教えていただけますか?

研究で仕組みが解明できたあとは、その内容を社内と社外の両方で認めてもらって何度もフィードバックを繰り返します。その後ようやく、製品化に向けて多くの関係者とともに取り組んでいくのですが、どの場面でもわかりやすい説明というのが欠かせません。
何度も失敗してはわかりやすい言葉を探して、とにかく伝えていきました。プレゼンに失敗して、事業部から落胆しながら帰ったことも幾度となくあります。
ただ、数年前には社内で自分しか話していなかったオートファジーについて、今では私の知らない所でも多くの人が話すようになりました。仲間が増えたのは心強いことです。

一般の人がもっとオートファジーを理解し、身近に感じるにはどうすればよいでしょうか。

この2~3年でオートファジーという言葉は一気に広まりました。それは美容なら5倍位、ダイエットの文脈では10倍位になるかもしれません。

ただ、オートファジーの多様性について正しく伝わっていない可能性があります。かく言う私自身、家族に対して説明をしても、正しくわかってもらうのは容易ではないと思っています。

例えば、「若さを保つ」「老化を防止」といった、下り坂に対する活用を想起しがちなオートファジーですが、反対に上り坂における活用も考えられます。子どもたちが、自身の成長の過程でどのようにオートファジーが関与するのかという捉え方をしてみるのもよいでしょう。

こうしたきっかけからサイエンスが子どもたちに浸透していき、将来はその子たちがオートファジーを活用できるようになれば、これほど素晴らしいことはありません。

プロフィール

村瀬大樹 氏

花王株式会社 生物科学研究所 グループリーダー

名古屋大学農学部、同大学院生命農学研究科 博士課程(前期)修了。2002年花王株式会社入社。2011年~2016年Kao USA Inc.(オハイオ州シンシナティ)に駐在。2017年より現職。2018年博士(農学)取得。「肌悩みに寄り添い、解決する」をスローガンに、皮膚科学研究に取り組んでいる。

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