「オートファジーな人々」第3回では、花王 生物科学研究所の村瀬大樹さんをご紹介します。村瀬さんはヒトのシミにおけるメカニズムや肌色の意味、肌の質感を含めたあらゆる肌の健康について研究されています。前編では、生物学的に捉える「健康な肌」の定義から、シミに関する最新の知見についてお話を伺います。
村瀬さんが研究されている内容について教えてください。
私が入社して約20年、その大半が皮膚の研究をしてきました。皮膚はその変化を身近に見て触り、感じることのできる唯一の臓器です。なかでもシミは誰もが経験し得るもので、その対策は身近なスキンケアの1つと言えるでしょう。
こうしたスキンケアを含めて皮膚の老化や潤いといった仕組みを、生物学的な視点で追究しています。例えば、私が所属する研究所では、セラミドやコラーゲン、エラスチンなど皮膚の機能を担う分子を見付けて肌を健全に戻すには何が必要かということを何十年も研究してきました。
10年くらい前にオートファジーと出会ってから研究の一環としてアメリカに渡り、肌の色が異なる人々で表皮細胞における代謝やメラニンの溜まり易さの違いなどを研究した論文も発表しています。この新たな肌色バイオロジーの発見には深い意味があって、オートファジーと人種の多様性との関与を初めて明らかにしました。
見た目に美しい肌なら、「健康な肌」と考えていいでしょうか?
肌には年齢ごとにそれぞれ、ベストな状態があります。これを「健康な肌」を生物学的に定義するなら、部分的な若返りや表面上の美しさというより、その人の内側の力が働くことで健やかさを保っている肌と言えるかもしれません。
この内側の力として代表的なターンオーバー(新陳代謝)では、いちばん表面にある角層の土台となる素肌の部分から健全に作り上げていくということが重要です。これについて最近、角層が健全に作られるためにオートファジーが関与していることも分かってきました。
シミのある肌、色白の肌はそれぞれ「健康な肌」と言えるでしょうか?
美容的な観点からシミを嫌う人は多いでしょう。そして肌の色は、歴史的な背景もあって白い方がよいとする時代もありました。ここで、シミというのは表皮の一部に沈着したメラニンが肌表面から透けて見えている状態です。このメラニンは生物学の分野では紫外線から生体を守る役割を担い、その合成能は肌の色を決定する重要な要素の1つでもあります。
ただ、メラニンによるシミの形成が、紫外線から生体を守る仕組みだと完全に言い切れる訳ではありません。日焼けなど、普通の炎症反応は治まれば元の肌色に戻るのに対し、シミはそこに微弱な炎症が残り続けている状態なのです。
私はシミの出来る仕組みを研究していて、ストレスや老化から身体を守るために生じるタンパク質「p53」※の関わりを2009年に発見しました。このp53がメラニン合成を制御し、シミのある部分でその量が恒常的に増加することも確認しています。
一方、元々の肌色については、紫外線を浴びる量でメラニン合成能に差があることを考えれば、暮らす地域によって肌色の濃淡に多様性があることも必然的です。したがって、シミとなる過剰な炎症応答を起こさないために正常な制御機能を保ち、その人が本来持つべき肌の色であることが「健康な肌」と言えるのではないでしょうか。
肌の白い人はシミが出来にくい、というのは本当ですか?
コーカシアン、いわゆる白人と呼ばれる肌色が薄い人では、そばかすのような小さなシミが出来やすいのですが、不思議とシミに悩む人は少ないということが分かっています。一方、アフリカ系人種など、肌色の濃い人ではシミが出来にくい反面、肘や膝などの関節が部分的に黒くなって「色むら」となりやすいのが特徴です。
この「色むら」について研究中に行ったアンケートで、驚いた結果があります。「肌の色むらをどのように均一にしたいか?」という質問に対して、肌色の薄い人では、「色を濃くして均一にしたい」という人が多数でした。反対に肌色の濃い人では、「色を薄くして均一にしたい」という人が多く、ちょうど半分に回答が割れたのです。
つまりこのアンケートは、オートファジーからつながる多様性が生み出すニーズについても垣間見える結果となりました。
村瀬大樹 氏
花王株式会社 生物科学研究所 グループリーダー
名古屋大学農学部、同大学院生命農学研究科 博士課程(前期)修了。2002年花王株式会社入社。2011年~2016年Kao USA Inc.(オハイオ州シンシナティ)に駐在。2017年より現職。2018年博士(農学)取得。「肌悩みに寄り添い、解決する」をスローガンに、皮膚科学研究に取り組んでいる。